2. 愛と慈悲心を失わせる物質主義

冒頭で、私たちは肉体ではなく魂・ブラフマンであることを述べました。けれども人々は、このブラフマンの知識が無いために、自分の欲望を満たすことを第一義にしています。これは動物と変わらないメンタリティーです。
人間社会に於けるすべての問題は、自分を肉体と同一視していることから生じます。この無知の為に、人々は肉体の感覚器官や心に満足を与えることを幸福だと思い込み、罪を犯してします。自分の舌の満足の為に罪の無い動物を殺して肉を喰らい、性器の満足の為に、見境なく制限なく所かまわずセックスして相手を孕ませて堕胎で人を殺したり、アルコールや麻薬などの陶酔物で高揚感を味わったり憂さを晴らして気違いになり、人身事故や殺人を犯したり、自分が騙されていることを知らず、一攫千金を夢見て給料を費やして散財して一家離散したり、ギャブル依存症になったりします。
その他にも、目や耳に鼻といった感覚器官や心の満足を得るために、人間が作った法を犯したり、宇宙の法・ダルマに反した罪を犯してしまうこともあります。

法まで犯して得ようとするこれらの満足はすべて一時的なものです。ですから、決して満足することはできません。その為、「もっと、もっと」と渇望します。こうしてこの満足を求めて、他者よりも自由に好きなだけ得られるようにしようと、権力とカネを求めるのです。そしてこれを達成した人を世俗の人々は、成功者だと讃えます。そして虚栄心・自尊心・名誉心が強く、自分が一番でないと気が済まない妬み深い人間ほど、権力(武力)や財力を求めます。このメンタリティーは、高崎山の猿社会でボス争いする猿と変わるところがありません。
そしてこのような人間があちこちにいることで、競争心から人間社会には常に争いが起こります。

現代の人間社会は、500年前と比べて機械文明が発達したことにより、人類が発達したと思われていますが、実際はそうではありません。
人類の歴史的大転換点はルネサンスです.西洋社会では中世になると、聖職者が堕落し, ローマ・カソリック教会の退廃や弱体化によって、キリスト教が衰えはじめました。そして、宗教によってもたらされてきた精神的智識や宇宙の普遍的なルール・ダルマ(宗教原則)が次第に学ばれなくなり、実践もされなくなっていったのです。
その結果、「神」の存在が低下してしまいました。「宇宙のあらゆる現象は、『神』によってもたらされた」というこれまで考え方から、代わりに「宇宙のあらゆる現象が物質に帰着する」という物質主義が台頭し始め、次第に無神論・唯物論が社会に蔓延るようになっていったのです。

代わりに人間は、自然界や様々な現象を観察することで、自然界の法則を見つけ出し、それらを応用して物質をコントロールする知識を獲得してきました。こうして様々な種類の機械の僕たちを生み出し、現在の機械文明(物質文明)を発展させてきました。
世界中の一般市民は,現代の物質文明(機械文明)の発展は科学者の貢献によるものだとして,「科学者の言うことは真実だ」と思い込み, 「神」由来の神性な宗教に代わって,科学者を権威と見做すようになってしまいました.
無神論・唯物論を信奉する科学者たちは、「『神』は存在しない。すべては無からエネルギーが生じて物質が生み出されて、偶然に宇宙や命が発生した」という魔性の教義を作り出しました。その結果人々は,「死ねば終わりだ,だから生きている間,自分の肉体を,この世界をできる限り楽しもう」と思うようになり,その為の最高の手段として金と権力を追い求め,社会に拝金主義,刹那主義が蔓延してしまったのです。

物質をコントロールする知識を発展させた無神論・唯物論の科学の目的は、人間と自然界を支配する為にあります。つまり、物質をコントロールする知識を獲得すれば、軍事力も金融や経済といった様々な人間の活動の分野で優位に立つことができ,更には人間の肉体も自然界もコントロールすることができます。
世界の人々はこのような物質文明の発展を、人類の発展だと誤って認識していますが,実際は、軍事力や経済力といった力を持った強者が、持たない弱者を支配しようとする弱肉強食社会を作っているだけなのです。
つまり、弱いものは強いもの喰いものにされるという魚社会や獣社会となんら変わることがない、まさに無慈悲な弱肉強食社会に堕しているというその本質が、表面的な物質的文明の発達によって見えなくなっています。
その顕著な例が、巨額な資金を投じて日々大規模な研究が行われている兵器の開発です。人を殺す技術を開発することにしのぎを削り、研究開発が日夜繰り広げられているというのは、まさに鬼や悪魔の所業です。
人類社会でも最も活況を呈しているのが、軍事産業なのです。
そして軍事強国たちは、世界の覇権争いにしのぎを削り、弱小国たちは生存をかけて強国に保護を求め、今や、大戦前夜の様相を呈しています。
過去どれだけの人々が死んだか、まったく過去から学んでいません。何故でしょう?

また新自由主義経済によって金融や企業活動がグローバル化し、次々と淘汰され寡占化し、今や金融やグローバル企業を支配し所有する一握りの人間たちが、世界の富の大部分を独占しています。その一方で、世界には貧困や飢えで苦しむ人々が大勢います。
地球に住む同じ人間なのに、このような経済の不均衡を是正し、飢えや貧困を抜本的に解決しようとする動きはまったくありません。何故でしょう? 

それは、自分(自分たち)が世界の所有者になろうとする欲望が、人間としての慈悲心や愛よりも強く、人間の良識を凌駕しているからです。
世界にはUnited Nations : 連合軍 (国際連合)という国際機関がありますが、軍事力と経済力を持っている大国たちは、自分たちが不利になるようなことは絶対しません。
従って、United Nationsは、人間社会のあらゆる問題を解決することには、殆ど寄与していません。その最たる例は、人口パンデミックを演出しているWHOにみることができます。WHOについては、「New World Order 人工パンデミック」で述べていますのでご覧ください。

こうして権力や金を持っているパワーエリートたち・ジャイアンに、小判鮫のようなスネオタイプの世界の政治家や科学者やマスコミなどがそのおこぼれを頂戴し、そして自分より弱者のノビタのような一般市民を支配しています。
世界はこのようなピラミッド状のヒエラルキーがあるのです。
このように人間は支配と金によって、人間らしい心や共感を押しつぶしてしまうのです。
これが物質主義がもたらした人間社会の変貌の全容です.物質文明・機械文明の発展は表面的なものに過ぎません.ですからこの主体である人間そのものは発達していないのです。逆に獣のようになり更には魔性化し、堕落の一途を辿っています。このように現代社会は、表層的な物質の発展にばかり目が行き、内面的な精神の発展が疎かになっています。

以上、第2章 愛と慈悲心を失わせる物質主義 終了